忘却前夜.

日々、感じたことを忘れてしまう前に書き置く場所。

“TOKYO” 備忘録

 

 

宝物をみせてもらっているような気分だった。

たくさんの人が今日まで大切に守ってきた宝物を

そっと小箱を開けて見せてもらっているような、

そんな気分だった。

 

 

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2022年2月10日、大阪。

夜行バスに乗って大阪に行くのはいつぶりだろう。

コロナ以前に別のライブで行ったきりだから恐らく2年半近くこの独特の身体の軋みを体験していなかったのかと思うと、寝違えた首の痛みすら愛おしく思えてしまうから不思議だ。

 


BURNOUT SYNDROMES TOUR 2022 “TOKYO” 

2022.2.10 なんばHatch

 


たくさんの人が待ちわびたであろうこの日に、たくさんの人がそれぞれの日々を乗り越えて目指していたであろうこの日に、私もやっと辿り着いたのだ。

街ゆく人々の喧騒も、大阪の煌びやかな街並みも、いまか今かと出番を待ち侘びていたであろう電子チケットを表示している液晶画面も何もかもがきらきらと輝いて映る。

 

思ったよりも早く会場に着いたので、邪教の信徒よろしくしっかりグッズは購入。

その御加護あってか整理番号Cというほぼ最後の方での入場だったのに、まさかの5列目上手側激近席を獲得。おいやっぱ最高だな邪教これからも唱え奉らざるを得んだろこれは。

迫り来る緊張の中、

TOKYO行きの列車の汽笛を粛々と待つ。

さあ、もうすぐ最後の旅が始まる。

 

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緊張と高揚で吐きそうになりながらもついに開演。

(ちなみにこの時からもう既に終わってしまうことを考えてしんどくなる病発症。)

 

アルバムのアートワークでもある路線図を元にして展開されていくOP映像(廣瀬くん作マ…!?クオリティやばない…!?)順当に進んでいたBURNOUT SYNDROMESの列車が突如コロナにその行く手を遮られて路線を変更するという演出からはじまる。

 

…いやもう泣くって。そもそも私ほぼワンマン初参戦だし初めて見たの配信ライブだからその軌跡を経験してないにも関わらず何故かめっちゃ泣くって。これほんとに今までずっとライブにいって応援してきた方々とか情緒どんななるの???精神力どない??歴戦の戦士かそうかなるほど????

 

紆余曲折、配信ライブを含んだ回り道を経て天空高く伸びていく軌跡の先に浮かぶのは「なんばHatch」の文字。そしてBURNOUT SYNDROMESの文字と共にバックシルエットの中ステージに駆け出してくる3人。

 

ああ、やっと逢えた。

この光景をどれほど夢にみただろう。

 

私はきっとこの瞬間をずっと忘れないような気がする。大裕さんの跳躍と突き上げた拳の躍動感。廣瀬さんの軽やかなステップとシルエット越しでも溢れる笑顔。そして熊谷さんの深々としたお辞儀と甘美なまでに繊細に宙を指した指先。

3人の視線が交わった瞬間、それが当たり前であるかのようにひとつの塊になって音を鳴らしている。

 

ああ、目の前にBURNOUT SYNDROMESがいる。

BURNOUT SYNDROMESの鼓動と音楽がここに渦巻いている。

もうここにいる理由は、それだけで充分だった。

 

 

 

M1 Good Morning World!

「 おはよう世界!  」

先程までの荘厳な余韻を残したたま、清々しく瑞々しい咆哮から始まるTOKYOツアー!

これだよこの歌声を一体どれだけ待ったと思ってるんだ!!!!!

長い長い夜を越えた夜明けの合図に相応しい、幕開け。

縦横無尽に舞台上を駆け回る大裕さんも、端正な風貌に似つかわしくないほど獰猛に全身を振り下ろす廣瀬さんも、森羅万象の提言を代弁するかのように明滅する光と言葉と音楽の中で鮮やかに舞う熊谷さんも、すべてがこの夜明けに相応しい閃光を放っていた。

ああ!なんて目映く楽しい幕開けだろう!!おはよう世界!!逢えてよかった!!!


そしてこの時思った、「あ、これはだめだ。今日の熊谷和海の歌はやばいぞ。」と。

もちろん、私が持ち得る限りの賞賛の意を持って。

 

M2 ロザリオをはずして

ロザリオを2曲目にもってきてくれるのあまりにも解釈一致で本当に助かる(?)疾走感と宗教感が織りなす陶酔に一気にバーンアウトの楽曲が持つ振り幅から生まれる混沌とした世界に引き摺り込まれる。

語尾の至る所に鏤められたシャウトが最高に良かった。何度でも言う。シャウトがあまりにも良かった。DVDで擦り切れるほど聞いて悶えて痺れたやつだった。ああもうほんとすきまじで(語彙)

 

M3 エレベーターガール

まさか聞けるとは思ってなかったって…………檸檬のトレーラー映像を見て本格的にバーンアウトにハマった私としては檸檬収録曲を聞けるだけで生唾ものなのに、そのなかでも特に大好きで大好きで堪らないエレベーターガールをこんなに早く生演奏で聞けるなんて思ってなかったもんだからもうほんとに(文字数)

この曲が持つ、都会的で無機質なサウンドに漂う仄暗い寂しさと一抹の諦観が混じり合って生まれる心地よい矛盾が今回のTOKYOのテーマに本当にぴったりだと思った。いつだったか遠い記憶の中で朦朧と見つめた、渋谷の寂寥混じりの青色を思い出ながら聴いていた。


M4 Love is  Action!

Clap煽り同期から始まってなんだなんだ!ってなった瞬間に聞こえてきたのは煌めきを濃縮還元したようなイントロ!これは!生演奏で聴きたくて仕方なかったLove is Action!

セピア色の銀幕の中に手を引かれるように誘われるその感覚は何度体感してもわくわくしてしまう。

大裕さんの優しい扇動に導かれて弾くClapがもう本当に楽しくてたのしくて…!

そして毎度の事ながら熊谷さんのクランクインの投げキスの仕草とClapへの賞賛のお言葉が毎度毎度甘美で糖度高くて戸惑ってしまうし絶対確信犯だろうからやっぱあの人ギルティ。まじでギルティ。あと指パッチンめちゃくちゃすき。


M5 世界は愛で満ちている

ご友人の結婚式のことについて書いた楽曲との事だったけど、この曲を聞いている時わたしはいつも熊谷さんの心境の変化だったり、世界への向き合い方の変化だったりのことを考えているような気がする。無垢で神聖な光の中で「ベールを上げてくれたのはあなた」という言葉を東京でも大阪でも客席を愛おしそうに見渡しながら歌ってくれたからかもしれない。だけど、私はその言葉をそのまま貴方達に投げ返したいよ。私はまだ世界には嫌われたままかもしれないけど、貴方達の音楽に出逢えたおかげで世界の全てが敵だという訳でもないのかもしれないと思えたよ。暗闇を照らしてくれてありがとう。私の世界は今貴方達の音楽がくれた愛で満ちているよ。


M6 邪教・拝金教

とは言え待ってたんだよなあ!!!!この掌返しを!!!!!!!!!!!

イクラブの同期音源を無理やりメイクマネにしてるの最高に皮肉が効いててまじで脳髄痺れる。降り注ぐ轟音と点滅の中には、紛れもなくこの邪教の教祖がいた。舞台上に大きく手を拡げて三拍子を掻き混ぜながら私たちが堕ちてくるのを不敵に笑って待っている教祖様が居た。

こういう時の熊谷和海の憑依っぷりには本当に畏怖と狂乱と陶酔を抱かざるを得ない。激しく明滅する暗闇を浴びながら、縦横無尽に駆けずり回る教祖の思念を含んだ歌声に思わず縋り付いてしまいそうになるのが分かる。

心酔、酩酊、信仰、そんなリビドーに満ちた言葉がこんなにも似合う曲を書き唄うボーカリストを、バンドを私は他に知らない。信仰や宗教は音楽やライブと表裏一体だからこんなにも血液が沸き立つのだろうか。このままこの熱狂に、この歌声に、愚かなままで蝕まれてしまえばいいとさえ思った。

 

 

ああ、この楽曲たちの中にひそやかに漂う危うさと執念にも似たカタルシスが堪らなく好きですきで仕方なかったんだよなTOKYO。

ここまでの怒涛の楽曲と感情の濁流に呼吸をする暇さえなかったような気がする。

刹那的までと思えるほどの疾走感に、遮断機の点滅の如く目の前がちかちかと明滅した感覚を一晩経った今でもまだ鮮明に覚えている。

 

 

M7 Dream On!!

LINE企画を経ての日替わりコーナー!(因みに最近何してる?ライブ見てますのLINE漫才めっちゃツボだった)

東京ではU.F.Oで圧倒的アイドルを魅せつけられたゾーンだったので「いやまじで振り幅えっぐ」っていう感情を抱かずにはいられなかったけど、こちらも音源以外で初めて聴けてめちゃめちゃ嬉しかったんだよなあ!THEライブ映えするバンドサウンド。慣れないなりに拳突き上げるのほんと楽しかった。あと熊谷さんばっか見てたらいきなり大裕さんのピカピカ笑顔が目の前に現れてびっくりした。突然のイケメンは心臓に悪いてやめて(やめないで)

 

M8 模範囚

この曲を聴く為にきたんだよその1。模範囚はてっきり本編最後あたりに持ってくるもんだと思ってたから東京公演の時は完全に不意打ちでこの曲を咀嚼する準備ができないまま聞いてしまっていたけど、大阪では改めてこの曲に真正面から向き合うことができた。

静寂で低体温なスポットライトの中粛々と歌い上げる熊谷さんの顔と声に落ちる影と光。無機質な牢獄に反響するように投げかけては消えていくような虚しさの幻影を見せる言葉の数々。絶叫、轟音、そして訪れる静寂と救済。徐々に熱度を持って明瞭になっていく3人の輪郭。

「最期は独房でなくて良かったと笑います」このフレーズを願望ではなく断言として歌い切っていたこの日の熊谷さんは、何を思って、何をその目に映していたんだろう。

絶対に泣くと思っていたのに、なぜか涙は出なかった。泣く必要がなかったからだ。もう私にとってもこの模範囚という曲は哀しい曲ではなくなったからだ。貴方たちがその歌声で私の名前を点呼してくれるのならば、いつか天獄にいけるようにもう少しだけ藻搔いてみようかと思えたんだ。この日の歌を聴いてたら私もそう思ったんだ。

 

M9 逢いたい逢えない

スクリーンに投影された映像だけじゃなく本当になんばHatchに雪が降り始めたような錯覚を覚えるほどに、透明感に満ち溢れた舞台としんしんと降り積もるように透き通ったサウンドと歌声。

正直ノーマークだったというか、所謂正統派ラブソングだという気持ちで音源を聴いていたんだけど、東京で熊谷さんが「皆さんとのことを歌った歌だなあと」とか言うからさぁ……もうそう言う心持ちで聴いちゃうじゃんか…ぎゅってなるじゃんか……逢いたかった、本当に逢いたかったよ……演奏しながらふと遠いところを見つめるメンバーの切ない視線もとても情緒があってよかった。ロンドンの雪景色が目に浮かぶようだった。情景描写力。。

 

M10 BLIZZARD

終盤!!嗚呼、終盤!!!

ああもう終わらないでくれ頼む!!

…と毎回嘆きながらも込み上げる熱狂を抑えきれずに気付けば拳を突き上げていたBLIZZARD。BLIZZARDを演奏している3人のそれこそ雪や氷のように鋭いまなざしとドライアイス低温火傷のような熱度を生で感じることができて本当に痺れた。

この日ささくれた「指先」を「唇」に変えて歌ってたの個人的にめちゃくちゃ好きだったなあ、なんだぁその透明感に溢れた文學、、あまりにも甘美だ、、

(あとこの曲のどこかで熊谷さんが愛しのギターに接吻をしていたらしい。見逃してんのよな。まじで。ふざけんなまじで。なにしてんだ私の目は。この日唯一の後悔だよまじで。な“あ“あ。)

 

M11 銀世界

この曲を聴く為にきたんだよその2!!!!!!!!!!!頬を切り裂き、輪郭を明瞭にしていく冷えた空気、吹き抜ける春風、3人が宙に掲げた指先に灯る暁の光、歌声が場内を駆け巡るたびに春が花が咲き乱れていくような幻影。交錯する視線と音と笑顔。そこに在るすべてが、春の青い煌めきをステージ上に萌芽させていく。

「一花咲かせにこの世に来た 36.5℃の火を抱えて」

この曲を聴きに来たというより、私はこの落ちサビを聴くためにこのライブのチケットを取ったと言っても過言じゃない。初めて銀世界を聴いた時から私の心の中にお守りのように刻んでいるこの言葉、何一つうまくいかない満身創痍の時だって何度も私を奮い立たせてくれたこの言葉、そしてやっとこの言葉を、銀世界という楽曲を生身で受け取ることができたこの日から、より一層熱度を増して私の中に煌々と揺らめいているこの言葉をこの瞬間をこの日をこのライブを、私はずっと大切に抱き締めて生きていくんだと思う。これさえあれば私は何度でも春風になれるんだ。きっと。いや、絶対。

 

M12 PHOENIX

「みなさんの拳を借りてもいいですか!」という熊谷さんの言葉から始まる不死鳥の歌。

個人的にバーンアウトを本格的に好きになったきっかけの曲なので思入れというかもはや感謝が凄い楽曲。拳を突き上げて、飛んで跳ねて、暴れて、笑って、あの日あの時BURNOUT SYNDROMESの音楽と共に目を奪われたオレンジの光に包まれて、この曲に声に音にバンドに出逢ったあの日のことを改めて反芻せずにはいられなかった。今思えば、どん底にいたあの日の私をこの不死鳥が迎えに来て蘇らせてくれたんだな、と思う。目の前にある景色と音のすべてが奇跡のように思えて視界が滲んだ。そうだ、もうあの日からずっと鳥肌が止まらない。

 

M13 FLY HIGH!!

飛べ、飛べ、全部ぜんぶ置き去ってどこまでも飛べ。

歌声もリズム隊の音圧も照明も演出も、すべてが私が過去映像を擦り切れるほど見て憧れ続けてきた光景が目の前にあった。ライブでは定番、とすら言うまでもないくらいにもはや彼らにとっては呼吸をするのと同じような、すべてがその身体に馴染み切った楽曲なんだろうな。私にとってはそのすべてがきらきらと煌めく憧憬そのものだったけれど。

ああ、こんなにも声を出して歌いたい。彼らに感謝を伝える為に歌いたいと思ったライブは初めてだった。DVDで何度も観た、過去映像で何度も心を奪われた「貴方達のパート」を自分も歌いたい、届けたい、という憧れを叶えるのはもう少し先になってしまいそうだけど、その日を迎えるまでは死ねないなと思えた。こうしてまたこの曲は私をまだまだ先へ連れて行ってくれるんだ。

 

M14 Hikousen

生き抜くことが前提の世界で、自分自身の逝き先ついてどうしてかいつまでも曖昧で言葉足らずのこんな世界の中で、貴方だけはこうしてちゃんと可視化された「さよなら」をくれる。

ぶっきらぼうに生きろと投げ付けられるより、この方がよっぽど誠実で人間的だと思う。烏滸がましくも似たような死生観を持っている私としては、この曲が自分自身の考えや生き方をそっと肯定してくれるような気がするんだ。そんな曲がこの世に存在していて、それを生身で受け取ることができる場所がある。こんなにも幸福なことが他にあるだろうか。

彼を劈く光の中に漂うように、浮遊するように浮かび上がる熊谷さんの輪郭と歌声が半透明な冷たさと確かな体温を持って身体中に入り込んでくる。

ああ、終わってしまうのか。

本当に行ってしまうのか。

欲していたさよならのはずなのに、未練がましくそんなことを考えてしまう。

この日の別格なほどに美しく伸びやかなハイトーンの透明度がまた胸中に渦巻く寂寥を掻き立てる。悲しくて淋しいのにまるで氷の中に閉じ込められたみたいにこのお別れから視線を逸らすことができない。爽やかで心地のいい喪失感が涙になって地面に落ちていった。

 

 

本編最後の曲が鳴り止んで、3人がエンドロールの中に帰ってしまう。

ああそうか、もう貴方たちは飛び立ってしまうのか。

 

 

各々が高らかに突き上げた拳や両手や楽器とお辞儀、そしてなによりもスクリーンに煌々と投影された「TOKYO」の文字を背負って力強く両腕を拡げた熊谷和海の全能感を私はこの先ずっと瞼裏に焼き付けて生きていくんだろう。まさに息を呑むようなそんな光景に、いかないでくれと叫びたくなる。そう思いながらも私にできることは掌の感覚が無くなるまで拍手を送り続けることだけだった。時間を止められないなら届け、どうかせめてこの拍手だけでも届いてくれ。

 

 

 

本編終了、そして拍手は早々に手拍子に変わっていく。

 

 

 

EN1 Ocean

全会場で一番前のめりだった(らしい)アンコールの手拍子を経て、聞こえてくる深海のような水音。両袖から大裕さんと熊谷さんが出てきてステージ中央でハイタッチするあの瞬間、きっと世界は愛で満ちていたに違いない。深海のような青が弾けて煌めく。

歌唱後にCLUBなんばHatchへようこそ!と熊谷さんが煽るほどにノリノリなEDM楽曲なのに、熊谷さんの「深い闇を抱えてるから君は美しいんだよ」と、大裕さんの優しくて力強い「大丈夫」にそっと肯定されているような気がしてぼろぼろ泣いてしまった。こういう比較的ノリ重視の楽曲にさえ、きらりと光る救済の言葉が鏤められているから本当にいい意味で息継ぎをする暇がない。そして2人があんなにも煽って、飛んで、騒がせるもんだから今日はしっかり筋肉痛です。だけどやっぱりこの痛みさえも堪らなく愛おしい。

 

EN2 ヒカリアレ

バーンアウトを好きになる前からなんとなくだけど好きで聞いていた曲の一つ。やっと生で聴くことができて本当に嬉しかったんだけど、この日のヒカリアレは歌詞より演奏よりなによりも熊谷さんの歌唱力に圧倒されて仕方なかった。基本的に音楽全般、歌詞をなによりも重視して聴いている私にとってはかなりイレギュラーなことで、歌詞が入ってこないくらいに?とか言ってしまったら聞こえが悪いかもしれないけど、それくらい歌声そのものに圧倒された。え、どこまでいくの?どこまで行ってしまうの!?と思わずにはいられないほどに伸びやかで、軽やかで、瑞々しい歌声と声の安定感と全能感。声が光を帯びて昇華していくようだった。

この日をヒカリアレを聴けたこと、この瞬間に立ち会えたことを誇りにさえ思う。貴方の輝きが音楽が、私の迷える明日を照らしてくれるんだよ、聞こえていますか。届いていますか。

 

EN3 セツナヒコウキ

最後の最期に、この飛行機が、この飛行機の滑走音が全ての伏線を回収しにきた。

きっとまた別の意味で沢山の人が待ち侘びていたであろうこの曲。こんな新参者が易々とほぼ初参戦のライブで聴いちゃってよかったんでしょうかと思えるほどの感動と一抹の畏れ多さ。

この日のセツナヒコウキもヒカリアレ同様安定感がすごかった、とんでもなかった。ずっとCD音源で聴いてたやつだ、DVDで観てたやつそのまんまだやべえすげえ本物だ(語彙力)

TOKYOという名を背負って全国に飛び出したこのツアーを締め括るに相応しいとしかいいようのない選曲。伏線だらけの文學小説の最後のページを読み終えたような、大作映画のラストシーンを見ているような、そんな清々しさまでもを感じさせるようなこれ以上ない選曲。

彼らの青春の閃光を目の当たりにしているような、それでいて今日まで歩いてきた様々な道を真っ直ぐに見つめているような、それこそ”TOKYO“と銘打ったこの物語の最終章を読んでいる時のような情景と感情と音楽の激流。息をする隙間もないほどに釘付けになっていた。

 

「いつも明日照らすのは夏、そして貴方たちの笑顔と無限大の群青」

 

この日だけの特別な歌詞を高らかに歌いあげている熊谷さんの笑顔、ほとばしる熱情を隠すことなく振り撒きステージを自由に飛び回る大裕さんの笑顔、2人の後ろで全身を大きく振り下ろし穏やかにたおやかに追い風を送っている廣瀬さんの笑顔、世界中の幸福と熱狂と感謝を一同に集めたような顔でステージに視線と手拍子を送り続ける私たちの笑顔。

 

すべてが、そこに在るすべてが、TOKYOツアーのすべてが、この終焉に相応しい光を帯びていた。

本当にすべてが宝物のような2時間30分だった。

 

 

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バーンアウトのライブは今回のツアーがほぼ初参戦だった。

念願叶って、なんて言葉じゃ足りないくらいに待ち侘びた空間のはずなのに、ステージを降りていく3人の姿を見送った後から、わたしはずっとこの胸中に渦巻くきらきらと蠢く塊のようなものを今ひとつ吐き出せずにいた。言語化できずにいた。

 

咀嚼して、飲み込んで、また確かめて、時間が経って、ようやくその輪郭が見えてきたような気がする。まだうまく言い表せないけど、大裕さんも、熊谷さんも、廣瀬さんも、お客さんも、わたしも貴方も、この場所が、このBURNOUT SYNDROMESという居場所が本当にどうしようもなく大切で、どうにか守り抜きたくて、できることなら永遠にしたくて堪らないんだと思った。

 

力強くて優しい光に満ち溢れてて、だけどどうしてかいつか瞬きの間に脆く儚く消えてしまうんじゃないかとも思えてしまうようなこの場所を、みんなで大切に抱き締めているようなこの場所を。

 

大人になってしまった時点で永遠なんてどこにもないことを識ってしまったくせに、わたしはこの時間が永遠になればいいのにと願ってしまった。小さい時に大切に集めていたはずなのに、大人になるにつれて無くしてしまった宝物をもう一度掻き集めているような感覚だった。

 

熊谷さんが、大裕さんが、廣瀬さんが、「終わりたくないねえ」って柔らかく笑ったあの瞬間に溢れ出てきたこの愛しさはなんだろう。触り方を間違えたらすぐに壊れてしまいそうなこの焦燥はなんだろう。

まだまだ人間としても未熟でBURNOUT SYNDROMESというバンドの1/1000も知り得てないであろう私の拙い想いと言葉では、まだ自分自身が抱いたこの感情に名前をつけることすらもできない。それでも、どうしようもなく大切なものであるという確信だけは確かな温もりと手触りを持ってこの手の中に息衝いている。

 

この温もりとBURNOUT SYNDROMESの音楽を抱き締めていれば、私は模範囚の一員として、透明な飛行船が迎えに来るまで、春風になって、生き切ってやれる気がするんだ。

 

 

こんなに大変な情勢の中、ツアーを駆け抜けてくれてありがとう。

音楽と言葉を届けてくれてありがとう。生きてくれてありがとう。

宝物のような時間を、こんなに素敵な世界を見せてくれてありがとう。

 

 

罰のような人生の中でも、堂々巡りの日々の中でも、粛々と愛を叫びながら生きてみようと思う、また貴方達のステージをこの目に映すことができるその日までは。

 

 

 

 

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